加布里神社の情報は、2016年3月時点のものです。
加布里(かふり)神社
糸島の中心地前原から西にある加布里地区。その加布里の産土神として祀られているのが加布里神社。
天満宮ですからね、ご祭神は菅原道真命。なぜこの地に道真公が・・・と思いますが、後村上天皇興国元年(1340)、太宰少弐正家が太宰府天満宮の分霊をこの地に勧請したそうです。
今は中断していますが、かつては加布里山笠の山車なども曳かれていたり、境内には立派な土俵などもあり、地域の中に根付いていることを伺わせてくれます。
神社の下には松尾芭蕉の句碑もあって、なかなかスゴイ場所なのです。
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加布里天満宮
![加布里天満宮](image/kafuri-jinja01-01.jpg)
加布里漁港から続く参道の奥に加布里天満宮が鎮座されておられます。
加布里天満宮にある松尾芭蕉の句碑
![加布里天満宮 松尾芭蕉の句碑](image/kafuri-jinja01-02.jpg)
加布里天満宮の入り口、石段の右にある芭蕉句碑
建立は安政6年(1859年)。
碑の高さは2.4m、幅1.75mで、九州に建てられている200基あまりの芭蕉句碑の中で最大のものだそうです。
松尾芭蕉は九州へは旅していませんが、九州への旅を望んでいた芭蕉の意志を継いで、
多くの高弟たちが九州各地を訪れ、その中で九州俳壇が芭蕉の追善供養として各地に芭蕉歌碑を建立したたものの一つです。
松尾芭蕉の梅香塚
![加布里天満宮 松尾芭蕉の梅香塚](image/kafuri-jinja01-03.jpg)
奥にあるのが芭蕉句碑
句碑の文字は幕末の歌人、国学者でもあった大隈言道が書いたもの。
原句は、芭蕉の旅中、吟で有名な「梅が香にのっと日乃出る山路かな」という句だそうです。
歌碑の周辺は、天満宮ということもあり梅の木が多く植えられております。
石段を登ってゆきます
![加布里天満宮](image/kafuri-jinja01-04.jpg)
石段を登ってゆきます
この鳥居の基礎の部分、石段の下に狛犬さまがあるのですが、かなり形を残していません。
かなり昔からの狛犬さまみたいです。
立派な土俵もあるんです。
![加布里天満宮 土俵](image/kafuri-jinja01-05.jpg)
階段を登ると、広場に出ます。
左には立派な土俵が。手水舎と、天満宮には必ずおられる、道真公と縁が深い御神牛の姿も見えます。
![加布里天満宮](image/kafuri-jinja01-06.jpg)
振り返って、加布里の集落を見たところ。
遠くに見えるのが可也山です。
さらに一段高いところに本殿が
![加布里天満宮 本殿](image/kafuri-jinja01-07.jpg)
更に一段高いところに本殿があります。
![加布里天満宮 拝殿](image/kafuri-jinja01-08.jpg)
加布里天満宮の祭日が書かれておりました。
お祭りも賑やかに行われているようです。
本殿前からの加布里地区の眺め
![加布里天満宮 加布里地区の眺め](image/kafuri-jinja01-09.jpg)
さらに高いところからの眺めです。
加布里天満宮
恵比寿さま
![加布里天満宮 恵比寿](image/kafuri-jinja01-10.jpg)
境内には恵比寿さまもおられます。
金毘羅さま
![加布里天満宮 金毘羅](image/kafuri-jinja01-11.jpg)
境内には金毘羅さまもおられます。
奥の赤い鳥居は、鹿取稲荷大明神
さらに奥には、天降天神社
![糸島 天降天神社](image/kafuri-jinja01-12.jpg)
さらに奥には、天降天神社が・・
ご祭神は、瓊瓊杵尊、木花咲耶姫尊、彦火火出見尊、素盞鳴尊。
かつて今宿にあったものを大正三年に天満宮東側に遷宮されたそうです。
![加布里天満宮](image/kafuri-jinja01-13.jpg)
天降天神社から光が・・・
ちょうどお日様が出てこられました。
糸島も人が多くなってきていますから、加布里山笠の山車も曳かれるよう、かつての賑わいが戻って来るかもしれません。
見所満載の加布里天満宮に来てくださいね。
加布里天満宮の情報は、2016年3月時点のものです。
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